子どもの本質を理解する

子供の心の安定につながる

そして、矢庭に、自分の隠し持っていたボールを、ポケットの中から取り出して、子どもの顔めがけて投げつける
ええい、これでもか!
その投げ方、親の顔つきを見て、子は悟るでしょう。
あ、そうか。キャッチボールではなかったのだ。つぶての投げつけあいだったのだ!と。
それからは、そのあたりの石を拾って、これでもか、投げつけあいは、キャッチボールとは違うのですねこれでもか。子供自身なのですその使命大人同士の会話など、ほとんど石のつぶての投げつけあい。
教員同士の組織の対立など、盾と矛を持って、ほんとに互いに、やっつけあい。
それは、ひとつのボールを、ちゃんと受けて、ちゃんと相手に返すキャッチボールなのではない。
ことばが子どもに届くとき、子どもの目が光ります。
光っている目を見て、今光っているね、と、確認をさらに、こちらが重ねますそれで、子どもは故知らず、自信を持つのですね。自分はひとと共に生きているのだ、ということに。すると、不断に、今度は、ひとの目が光る瞬間を、いくたびも重ねて味わいたいものだと……。そんなあこがれを、幼い胸に秘めて育っていくでしょう。
人間の思いの向きは、たくまずして、ことばに滲みでます。
それを、どこまで正確に、素直にしっかりと、そして豊かに読みとることができるか。

  • 子どもが言うことをきかない
  • 子どものの芽をつみとってしまわないように心
  • 教育もいい。

中学生程度

世の中がギスギスするのも、なごやかになるのも、そして、人間関係が、後ろ向きになるのも前向きになるのも、そこの豊かさ次第というわけで……。
なんといっても、育つ子どもは、世の光。
子育ての自信を持つために
人間関係がうまくいかなければ、子育ても難しい
育児というのこそ、ほんとにつくづく思います。習うより、慣れよですね慣れている親と、慣れていない親の違いは、大きいですね。
といっても、はじめての出産は、だれだってはじめてですね。最初から、すでに何度も出産を経験しているなどということがあるはずはありません。
習うより、慣れよ
だと、つくづく思うのは、一人目より二人目、二人目よりも三人目、子育ての経験は、重ねる方が、より自信のあるものになる、という意味ももちろんありますが、それよりも、自分が、いろいろな機会を通して、自分自身の出産と哺育の実際の体験だけでなく、世間のいろんなひとのいろんな子育てに、どれだけ関心を持ってきたか、ということ。
子どもの気持ちにうまく自分を寄り添わせます。
それらが随分と育児の自信の持ち方に、違いをもたらすものだということです。
それから、普段から、育児について、どんなことでもフランクに話しあえる人が、てくれるということ。これも、自信につながりますねかたわらにいもちろん、たとえば、お姑さんが、それはそれは孫の育児に関心があり、なにくれとなく世話もしてくれるし、助言も惜しみなくしてくれる。ところが、それが世代の違う若い母親の考えとはとことん喰い違っているので、役に立つどころか、迷惑至極だ、ということだって、やっぱり、あるわけです。反対に、教えてもらえないと分からないことも多いし。
どちらがほんとは正しいのか、ということになると、一概に古い世代が正しいとも、正しいともいえないでしょう。子どもが自分自身のいやな面にそっくりなのを見て

子どもに聞いていく

いいところを、取っていかねば。どちらのも、ね若い世代がなににしても、どうかと思うやり方を、強制されて、すぐその通りやりなさいと、監視されるなんてことにでもなると、それがたとえ正しいやり方であったとしても、素直に指示に従えない。それをやられる子どもにとって、到底気分の快適なものであるはずはありませんから、率直にいって見解のことごとにずれる姑への対策についてこそ、フランクに話せるひとを、だれかひとり見つけておくことも大事ですね。
小さな相談室を、自営して、二十年近くになります。子どもが自分自身のいやな面にそっくりなのを見て

子どもが自分自身のいやな面にそっくりなのを見て

それまでにも、結局、私はずっと相談といわれるしごとにかかわってきましたが、合わせて三十年以上の相談のしごとのなかで、一般的に育児という点について、つくづく大変だなァ、と思うのは、愉しくリラックスして、自分の育児の現実を包み隠す必要もなく、互いに話しあえる相手を持たない母親のことですね育児の自信を持つには、だからまず、れば、ということになりますね母親自身が、ひとと触れあうことを愉しいと思うのでなけまことに辛い話になりますが、私が、里親をふやすための民間活動の団体社団法人·家庭養護促進協会にいたとき、子どもを引き取って里親として子どもを育ててみたいという多くの志望のひと達のなかに、次のような方もいたのです。


子供自身なのですその使命 子どもに選ばせます。 子どもに選ばせます。