先生である。

幼稚園というところに入れました。

「早くはかないと遅れるよ。いいの?知らないよ。
母さんもう出ていくよ」
と、せかす声ばかりかけている。手を出してやってはいけない、ということを大事に守ろうとするので、手は出さぬものの、いらだつから、声でやいやいせきたてる。せかされて落ち着かないので、ヨシコはますます思うにまかせないで、もたついていますもたつきながらも、もたつくことを愉しんでいるかのようにゆっくりしているのです。
こういうとき、手を貸してやれないものでもなく、お母さんは、手すきの状態なのに、やたら監視的態度で、横でつっ立っていて文句をいう、という様子だと、子は、ふてくされたようなやる気のなさで、まるで故意にもたついて親をいらだたせる感じになりがちでしょう。

  • 成績が下がったからよく
  • 母親になったのだ
  • 父親としての威厳がなければならない。

母親はぐっとハラを引きしめて

ついに見ておれなくて、ほら、もう、ここをなどと、口を出し手を出そうとすると、母親に背を向けたり、親の手を腕で払いのけたりして、いいよオ、ジブンでするウなどとわめき、そのわめき声に親もあおられて
だって、もう時間がないんだからと、声を高めれば、子も負けずに声を高めて「だからア、いいって、もうオ。
するって。
大騒動エエン、アーン」
わーわーわもう滅茶苦茶。
出かけるたびに、そういうことがたび重なると、なんでも思いついたときには、自分でする、自分でする、て、いい張ったら最後、親の都合、まわりの迷惑なんかお構いなしになってしまいますねといっそういうのは、ほんとにいい意味で自主性を育てることになっているのかどうか、の必要があるようですこれは再吟味まずひとつの問題は、自分でしようとしない子に、しなさいしなさいと、やたら声をかけるだけでは、結局、子がやらないから、親がやらざるを得ないということ。勉強机の棚

母さんが困るというのを知
母さんが困るというのを知

子どもそうだ真っ昼間から多いんだ。

親がしびれを切らして、やってしまいながらほんとはこれではだめなのよといっても、聞かない子は、いつまでも愚痴っぽく繰り返している母親のことばに、ますますいらだたされるだけなのですねえ。
そういうのは、ますます自主性のない子に育ててしまう下手なやり方ではないでしょうか反対に、少しでもしたことを、しっかりと、やれたねと明るく認めてやる。親の期待の半分でも何分の一でも、あるいは、ほんの爪先程度でも、明るく、さりげなく「ああ!
やったね。

母の増加とともに慈父が現れたとも言えましょう。

それだけやれたら、あともどんどんやれる。
うん大丈夫、大丈夫」
といって、おまえのことは安心しておれるという親の気持の明るさを示してやる。すると、気持が明るくなって、手も足も、知らず知らずのうちに、前向きに動きやすいのですね。
子も手を貸してやれるときは、上手な貸し方をしてしまってやればいいのですよ。
なにもしないで、手すきの状態で見守っている。へらへら笑いながら、自分ですべきことだから自分でするのよ
といい放つだけの親の姿を、子どもは、自主性を育ててくれているなどとは思
わないで、いじわるめ、と恨むだけになったら、親に屈折した感情を抱くだけになりかねません子どもは、自分からさっさとする子になるよりも、それで、大変です親がやいやいいえば、むしろその逆の態度をとる、ということになったら、あとあとが上手な手の貸し方というのは、手を貸してやる以上はいさぎよくさっさと。

いじめなんて

やいやい文句をいいながらでは逆効果、ということです。はきかねている靴下の端を、手で広げてやって、
はーいはいはい。そうそう。わー、うまく足先が入ったねえ!
うそう。よーし、次。右足。あーら、すっかり裏返ってる!
ぐっとそこを引っぱって、そだから、だから、こうして、こう……と、子どもが、はかどるしごとはおもしろくて、親にちょっと待ってもらう、ちょっと支えてもらうだけで、意欲的にことが運んでいくのなら、手を出してやることによって、かえって、自主性のトレーニングが、実質、進んでいるのですね
かえって親が子どもの意欲の芽生えを抑える
要するに、子育ての手引書の条項を守るかどうかより、子どもの意欲がどう向いているそれをこちらの支え方の目安にするという現実に、かを、子どものそのときの様子でしっかり、ことが大切なわけです。

先生にていねいにお辞儀をしている
先生にていねいにお辞儀をしている

子どもにどんな習い事をさせたらよいのでしょうか。

読み取り、ある意図を持って自らやろうとしたことが、意図の通りにできて、でき上った喜びを、しっかり、脇にいる大人に、共感してもらい、確認してもらうことができるなら、そんな確認のたびに、子どもは、自分の意志というものを、よりはっきりと抱きはじめるのです。
意志がはっきりしてくれば、意欲もしっかり湧いてきます。
子ども自体の判断力、というものも、明快になってきます。
意志、意欲がはっきりしてきてこそさて、幼いうちから、もひとつ自分でしっかりやり通すということができなくて、たせてきたヨシコちゃんは、もう小学三年になりました。


勉強机の棚 子どもが自己主張しなくなる原因として 先生の言うとおりにしました。