母さんとぼそぼそ話しだす。

学校のプリントの保管ルールを決めれば

母親をいらだ勉強を見てやっていると、お母さんは、
そこ、ほら、どうして13なの?
うんざりしてしまいます。
そんな注意をすると、書いた13を、「ヨシコ、すぐに消してしまうけど、文句をいうと、さっさと消してしまいます。
考えて、間違えたと分かってから、消さなきゃだめじゃないの!」
と、また、一度消したところへ、も一度書いても、13と書き直します。

ヨシコ、間違っている13を、しかたがないでしょ!
そういうと、また13を消そうとするので、お母さんはあわてて
ちょっと待ちなさい。どうして13なら間違いなのか、今、考えて!
考えている様子が見えません。
正しいのは?いくらなの。ねえ!
そこは、13でなくて

と、親は、考えを誘いだそうと懸命です。
I?
ヨシコは、お母さんに尋ねるのです。

ほんとに15と思う?
それを足して、3で割るのだから、答は15になるの?
ほんと?
親は、子どもが自信を持って、15なら15、と、断定することを望んでいるのです。
ところが、だから、15?

  • 勉強をきちっとするように戒告するでしょう。
  • 子どもらしい遊びをともにすることも必要でしょう。
  • 子どもは半数もいません。

高校なんかを対象にやりたいという。

と、親に、またしても尋ねるのだから、親はいらだってしまうわけです。
「いちいち私に聞かないで、自分が15だと思ったら、15と書き直せばいいじゃないの!
というと、おろおろしながら、13を消して、15と書き直します。
でも、どうも、自分で考えた結果、間違いなしに15だという自信のある書き方ではなくて、単に
TAと書き直せばいいじゃないの!」
といった親のことばに従っただけ、だめよ
という感じがします。

ほんとに、自分で考えなきゃ、と愚痴をこぼすようにいうと、ヨシコちゃんは、殊勝にウンと頷きます。
でも、それもまた、親の気勢に押されて、頷け、と強要されたから、反射的に反応したといった感じです。
心で納得し、ある決意が湧いて頷いたという感じではないのです。勉強ができないのだ

子どももそれは同じです。
子どももそれは同じです。

体験を通して少し意識が変わってくるのです。

それでつい、またしても、お母さんの口から、どうして、自分で考えてしないのよさねえ、ヨシコ
と、わめくような調子で、残念さが口に出てしまうのです。
申し訳なさそうに、あるいは、精神がふぬけになったように、じっとしています。
次の問題をやるのでしょ。ほら、やりなさいよ。どうして、自分から、さっさとやらヨシコは、
次でしょ。
ないのよ。
ぼう1つとしていること、ないじゃないのよ。
もう、いやになってしまうわねぇ、ヨシコ。
ほら。
30!?
さっさと、子どもは、まるで見当違いの数字を書いたのです。
「ちょっとヨシコ。ここの問題は、全部学校で習ったところよ。
え?
応用問題ったって、そんなに、むずかしい応用なんかじゃないでしょ。

しつけたりしたら一層ひどくなったりします。

どうして、ここが、30になんのよ」
と、いいながら、母親の方が、口惜しくなって、つい、最後の、30になんのよというときに、ヨシコの首根に手を当てて、押さえ押さえていったので、娘は、頭を振り動かされながら、顔中がゆがみ、涙がぼろぼろ落ちてきて、もうパニック状態です。
親自身が、しっかり平静を保っているか
わが子に対してだから、遠慮がなくなってしまうのですね。
そして、子どもの心のなかに、遠慮なく土足で入り込んでしまうのですね親のいらだちが、まうばかりです。

子供に平気で言うひとがある。

子どもの心に乱入してくると、整っていない子どもの心が、いよいよ乱れてしここは、人間は、どうでも、子どもの精神状態を、頭と心とに分けて考えてみる必要がありますね頭がクール涼やかで、心がウォーム暖かなときにこそ、目的的に、しっかり前後の状況を見極めたEでの判断や決断が生まれるのです。
ヨシコちゃんは、いつのうちにか、もはやすっかり、なにをするにしても、か入るのではないかとおびえるくせがついてしまっているようです。
親からの横槍がいつなにを考えようとしても、考えながら、いつ間違いを指摘されるだろうかと、おびえてしまい、頭がカッカと、ホットになっていて、血が頭に上っている分だけ、心はひからびてコールドになってしまっているのですよ。

子供は救われるでしょうか。
子供は救われるでしょうか。

子どもの心に届き

自分はいつだって間違えるようだ。しっかり正しい答が出ないのが常なのだという思いが積み重なっていて、算数の問題などを解く自信がなくなっているとき、子どもの心はくしゃくしゃに縮んでいて、涸れて乾いた荒れ土のように、コールドな状態になっています。一方、頭は、さあしっかり考えなければならん、という責めが押し寄せて、オーバーヒートの状態。カッカとホットになってしまえば、むしろラッシュアワーの動きのとれない車の群れのように、かえって考える力が、機能停止の状況を呈するのですね。
いや、そういうとき、かたわらにいる親の方こそが、さあ、早く子どもを導かなければという性急な思いのために、自分がせきたてられて、頭がカッカと、ホットになってしまい、一方、こんな風では、先が思いやられる、と、不安いっぱいになって落ち着かず、心がすっかりコールドに冷えているのですね。


勉強ができないのだ 先生に注意されます。 先生に注意されます。