学習で埋めていかないともったいない

子どもも自分

どうしたんだ、元気を出せといいながら、近よって来る先生の、胸元にぶらさがって揺れる呼
いやだな、いやだな、いやだなとうんざりしていてすくんでいる子どもに、やたら
元気を出せと命じても、元気を出しそうにないときは、繰り返し声をかけるといよいよ逆効果ですね。
大人が、元気に声をかけると、反比例して、子どもがすくんでしまう。
ところが、そういう子も、ほかの遊びに夢中になっているときは、元気が出ていて、跳び箱の前ですくんでいたのと同じ子とは信じられない位であったりするものです。

  • 中学二年生です
  • 子どもを大きく
  • しつけはトイレ

母さんはさらりとしかししっかりと明快にいう。

「おまえは、どうして跳び箱が跳べないのだろう。跳び箱となると、急にすくんでしまうのはおかしいぞ。変な子」とかいうようなどうも訳が分からない、だめな子だと断定するいい方は、この際不用意にいってやってはならないのですね。
むしろ、逆に、「跳び箱に、なにかこだわりがあるみたい。よし。大丈夫。そのうちに変るさ気にしないようになると、気にしなくなるよ」と、いっておいてやればよいのです。
でも、なんだか、変ないい方、と思われますか気にしないようになると、気にしなくなるよなんて。
普通は、気にしないようにしなさい
といいますね。
気にしないようにしなさいというのは、自分で努力して、気にしないように心がけなさいということですが、なにかが気になるのを気にしないように努めるということは、よほど意志力を鍛え、無意識のうちに起こってくる心の弱さというものを、意志で超えるということができていない限り大層できにくいことでして、ね。先生に注意されます。

子どもは受動的で内気で依存的だといいます。
子どもは受動的で内気で依存的だといいます。

母から吸収

気にしないように、気にしないように気にすると、いよいよ逆に
気になってしまうということがありがちで、だから、意志の力のトレーニングのできていない者に、気になっていることを気にしないようにしろと命ずるのが、むしろ逆効果を招く。ますます気にしないでいいことを、気にさせてしまうのです。
それで、そういう気になる向きから心を解放させる工夫として、気にしないようになると、気にしなくなるよ
といういい方が、効果的だと、私は思うのです。
つまり、これはどういうことかというと、あまり、意識過剰にならずに、むしろのびのびと心をいつしか勝手にやる気になってやってしまってい解放させていれば、平生から願っていることを、るものだよ、といってやる、ということです。

子どもは向こうが悪い差別さここから先

一般に、なにか問題があるとき、よい忠告をしてやるということは、問題の原因を明らかにしてやり、原因があるから結果があるのだ、だからまず原因を無くすようにしなさいと、合理的な因果論で、説いてやることだと、思い決めてしまっている傾向がありますね
ところが、問題を抱えている側は、とがあるわけです。
そういわれてかえってこだわりが強くなってしまうというこつまり、
それは分かっている。
ど、どうにもならないのだと。
何度もいわれたから、もう充分分かった。
分かってはいるけれ分かっちゃいるけど、やめられないと、よくいいますね、あれです。

子どもの情緒の支え手になっていてやるほう

あれはどういうことかというと、頭では、よく分かっている。だのに、心では自分を咎める気持などでくしゃくしゃしてしまって、ちっとものびのびした心の奥からの意欲というものが、自然に湧いてこない。それは、自分が意識してもどうにもならないことのようだ、というわけです。
気にしないようになると、気にしなくなるよは、頭で考えなさいと命じるものではない。
の理屈を分からせようとすることばではないわけです。
因果スエー、「気にしないときには、気にしないものだと、気楽にいわれたら、こだわっていた者の心のシワが、思わず、少し伸びるのですねそんなものか」
と、追っかけっこに夢中になってしまったヨシイくんが、ぐるぐる逃げ廻るタカハシくんを追いかけて、タカハシくんが跳び箱を越えて逃げていったから、相手を追うのにただ懸命なヨシイくんは自分も跳び箱を越えて追いかけていく。

しつけがなされていないからではないでしょうか。
しつけがなされていないからではないでしょうか。

子どもにも教えておきたいもの。

よじのぼるように越えていっていたのが、回を重ねると知らず知らず、教えられたような両手のつき方をして、跳ぶ形になってしまっているのが自分でも分からない。そうして、跳び箱へのこだわりが消えるときには、消えるのです。
どんな子も、強いばかりではない
おツ。跳んでるな

う.跳べるじゃん、これぐらい!
なにげなく跳んでしまったあとの自信のある声は、これが、あのヨシイくんの声かと思うくらい、明るく弾んでいたりして。
気にしないようになると、気にしなくなるわけです。


先生に注意されます。 先生である。 子どもが自己主張しなくなる原因として