勉強机の棚

子どもが無理なく答えられる

いったい、どうしたら、心が通いあえるのかと考えるだけで、心がいよいよコールドになり、
また、なぜ本気になって自分で考えを深めようとしないのかカとしてホットになる。
と、子を責める思いで、頭はカッ親の方こそが、こういうとき、早くどうかしようと思えば思うほど、自身の頭がいよいよホットに心がいよいよコールドになってしまうので、力めば力むだけ、状況は悪くなるわけです。
元気を出して。

何度でもやり直しつまり、端的にいえば、子どもがすっかりうろたえているときに「どうしてそんなにうろたえているの。うろたえていてもどうにもならないでしょう。
して、どうして?うろたえなさんな!ここでうろたえるのは、バカというものよ」
となじりとばしている、その親自体が、実は、すっかりうろたえているのであって、のとき、その子に対しての態度は、まるでバカな態度をとっているのにほかならない、ねえ、どう親自身がそというわけです。
自分は、それほどバカじゃない、という自信があればあるほど、相手を軽蔑している。

  • 経験をさせる
  • 母さんが嬉しければただただ自分も嬉しかった。
  • 幼稚園に遅れる

先生や友達

相手を軽蔑してしまえば、軽侮される相手は、軽蔑されていると感じた途端から、心がすっかり萎縮する同時に、頭の思考力も、機能停止を招いてしまうわけです。
私は、今これを、実は、幼い子どもに向かっている、世間のお母さん達に、分かってもらおうとしているよりも、自分自身に向かって、今さらのように、です。
事の道理を説いて、いい聞かせているのこんなことを得々と書いている私自身が、全く、きのう、きょう、日々の現実として、つい、若い親や、若い教師に、その、経験の少ない、少ないから体験的に腹がまえのできていない様子を見て、頭ごなしに、軽侮の感情を、ぶつけてしまいがちなのですねぇ深夜11時、こつこつと原稿用紙のマス目に一字一字を埋めながら、ています。子どもたちはとくに国際時代に直面する

個性も受け入れられるようになっていきます。
個性も受け入れられるようになっていきます。

教育は骨格を見失いかねない。

自分自身の至らなさを思います。
今、私は、悲しく情なくなっ考えてみれば、みがえってきて、間違いだらけの人生でした。間違いに気づいたはずの、あのとき、気づいたはずなのに、またもや間違う。だめだなァと思いますこのときがよでも、後悔の洪水で自分を責めて、自らを溺死させないように頑張ることが、せめてもの知性というものだと、考えることで、なんとか、自分の頭をやさしくなでて、励ましてやることにします。
こういうとき、自分を励ましてやる。頭をなでてやるのです。
間違いを、110回起こしたら、二一回は起こさないぞと頑張り直すしかありません。
00回起こしてしまったら、やっぱり101回は起こさないと決意し直すのです。
それでも一そう心がけたら、1000回も間違わずに、るかも知れないのですよね。

母親とちがって中心点が少し厳格に片寄ったほう

人生の終りまでの間違い回数が、三00回でとどま110回も起こしてしまったのだもの、もう二1回目の間違いを起こさないという保証はないとあきらめてしまったら、人生における間違い回数が、総なだれ的に、増えて、とてもじゃないが、一000回で収まらない、はたんということになるのですよ。
それでついに、破綻心の破産人生って、そんな風なのですねえ。
堕ちるも、生きるも、心がけ次第。
辛くて苦しいばかりではありません。
せめて習慣づけておくならば、自分の過ちを笑いのめしておいて、おもむろに初心に戻る苦いうまみというものが、人生というものの味わいになることを、でしょう。

経験が重なると何が良いことで何が悪

さあ、元気、元気。
も一度やり直しです。
も一度、ヨシコちゃんに話を戻して。
るには、どうしたらいいか、です。
ヨシコちゃんの頭が、クールになり、心が、ウォームになまず、親自身が、頭をクールにし直す。
そのために、まず、心をウォームにする
心がウォームになれば、頭がクールになり、頭がよりクールになれば、心がよりウォームになります。心がおだやかになれば、頭がはっきりし、頭がはっきりすれば、心がよりおだやかになる。
頭から心へ、心から頭へのいい循環がはじまると、いい循環が活性化して、しっかり常態化していくのです。
親のそれは、必ず子のそれへと、照り映えるものですね
ヨシコ。母親の私の方が、すっかりおかしくなっていたようよ。ごめんなさい。一度すっかり心のシワを伸ばしてみることにしたの。そしたら、すっきり自分の間違いに気づいたのまあ、そんな風に、実際、口でいうか。それとも、心でそう語り尽くすか。いわずとも、にあふれるもので。そういうのは、動物の直感として、子どもに伝わるようで。

子どもはあっけなく向こうへ走り去りました。
子どもはあっけなく向こうへ走り去りました。

学校でね…

心は体簡単な、機械的にやっていける問題に戻って、できた、できたできるね、できるねといっそ、親子が、明るい声を出しあえるようになれば、迷わずに自分で決断する快さを、子どもも身につけはじめるでしょう。
子ども自身、自分から、次の問題へと心が動いていくでしょう。
すくむ、元気を出させたい
気にしないようになると気にしなくなるよ

小学三年、四年の子で、たとえば、跳び箱がどうしても跳べないとなると、列に並んで自分の番が来たとき、背は丸く手足が縮んでしまったりしますね。

ヨシイー元気がないツ。もっと手足をのびのびと。背中が曲がっとるぞ。胸を張って!
などという先生の勢いのある声を聞くと、ますますそこですくんでしまって。


子どもたちはとくに国際時代に直面する 先生が苦笑しているとせんせい 先生である。